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mori-sho DIARY

仕事とかイベント活動や思ったこと日記

シンプルな生き方

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ハナミズキもそろそろ終わり
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今年のGWはカメラ散歩と断捨離を行います!

今年「も」夏のボーナスは出ないらしい。
まぁ、そうなるだろうな~と思える状態なので、別のラインが出てきたら、ささっと他に移動できる準備はしています。

今は荷物を減らしてシンプルに生きたいという想いが強い。

心のままに、想うままに、感じるままに、したいことをする。

荷物だけじゃない、人もそうです。

昨年くらいから、気が合わない、なんかズレを感じる人との交流をバシっと絶ってきました。

見た目が若い、行動や言動も10歳以上下の人ともそこそこ同じノリで話ができます。

しかし、オトナに対してそれはしないだろう、っていうような事をしてくる人もいます。
ある程度は笑って、流すことも多いのだけど、それをやめました。

しっかり、怒ります。

それでもズレを感じる場合はしっかりお別れを伝えます。

そうすることで、「空き」ができる。

その空きに、新しいものや人を入れたいのです。

その総仕上げとして、このGW、どこかに行く予定もないので、部屋の中のこまごましたものを整理して、着ない服を捨てて、かる~~~くしていく。

このごろ話題のミニマリストの生活スタイルに憧れつつ、特に必要のない物をどんどん手放したら、本当に好きなものだけあれば満足できる、シンプルで自由な「ワタシ」になれる気がする。

明日からとりかかります!

 



5月からシラーペルビアナ(オオツルボ)の紫の花が咲く時期
この変わった花の感じけっこう好き。

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そして、ぼたんもいっせいに咲き始める

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この時期のさわやかさ、最高ですね。

梅雨と夏がやや苦手な私はこの時期のカラッとした風の中にいることがとても楽しいのです。



 

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ぞろ目を見るようになって

 

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昨年秋ごろから、ぞろ目「1」をよく見るようになった。

11:11

1:11

111や1111だったりです。
ふとパソコン見る、ふと目覚まし時計を見る、ふとスマホみる、ふと・・・
最近は、11:11や1:11にぱっと目が合うようになった。

今家ではお米を炊いていなくて(炭水化物を減らすため)
普段見ることがない炊飯器のデジタル時計の11:11や深夜の1:11に目が合った瞬間は自分でもびっくりしたり。

これは、ふと・・・っていうよりも

はっと、目が合うみたいな、双方その一瞬、見つめあう感じに近い。

こういうのってなんだろうと思って調べるとぞろ目を見ることに意味を持たせている、スピリチュアル的なものでエンジェルナンバーという見方があるらしい。

1という数字の意味としては
ものごとの始まり(自立・独立)
未来への展望・発展

スピリチュアル的には「oneひとつであること・・・」

という事らしいです。
(検索するといろいろ出てきますが、おおまかこんな感じ)

111よりも1111の方が多く見ます。
これにも段階があるそうで、1から始まって、11、111、1111・・・


1111の場合は行動する時期、勇気をもって行動するタイミング、

本当の自分の役割に戻るとか、新しい自分になるとかそういう意味あいもあり。
「1」は始まりを意味する数です。今、新しいドアが開いています。
それは発展、成功へとつながっています。前向きに、自信を持って進みましょう。


だそうです。

子供の頃は臆病で、大人しくて、怖がりで、ビクビクしてた。
あまりに行動がのろくて、おとなしかったので、周りが世話をやいてくれました。
それを「ありがとう」と素直に思えなくて「私ができないから・・・ダメな子だから、みんなに迷惑かけてる、ごめんなさい」とさらに暗くなってました(笑)

幼少期、小学校6年間、赤面症と怖がりと、人見知りと、運動が苦手、給食すら食べるの苦手で、通信簿には「おとなしく、大きな声でお話しができない」と先生に書かれていました。

人は成長する、なりたい自分になれる。
私は強くなりたい!と幼少から思って今に至る。
(やりすぎたけど・・・)

望み通りに強くなったけど、いろんな人に甘えるのは苦手、だから、甘えたい人には甘えることをただ今訓練中。

5歳くらいの頃
ジャングルジムにのぼって、シャボン玉を吹くというもの。
右端にいるのが私。
怖くて上がれなくて、もじもじしてて、この写真は2枚あって、1枚はジャングルジムの横に私1人つったてるもの、そして、保育園のお友達が、上がっておいでと助けてくれて、ものすごい勇気を出して1段あがるもそれ以上はいけなくて、必死にしがみついてます(笑)

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まだ幼少期はモノクロの時代ですよ。
小学校入ったくらいからカラー全盛になった気がする。

目が合う、って、それがカワイイからとか、興味あるから、とか、そういう事だけじゃなくて、もっと何か、別の意味もあるような。

目が合う、という事で言えば、、、
2004年くらいから、カメラを持って散歩が趣味なんですけど、ここ数年あまりそれをしていません。
気が向いた時に撮影ができるスマホを持っていると、カメラ(フイルムカメラやデジタル一眼)を持って歩くということをしなくなる。

私が撮影するものは「なんてことないもの」が多くて、人にレンズを向けることはあまりなく、好きな音楽を聴きながらリラックスして歩いている時、ふと、目に留まる、それもまた、目が合う、という感じに近い。

これは、ただの怪しい人なんですけど、
私がよく花を撮るのは、なんか笑ってるように見えて、その中でいくつかが私に向かって笑ってると感じるから、呼んでいるような感じがするから撮るんです・・・

例えばたくさん咲いている花壇の中でも、ふと、目が合う、あ、撮ってほしいんだね、って感じがするんです。

賞に出すような写真や、大作を撮るとかのためじゃなくて、「今」感じる想いを撮っていくだけ。

このところあまりカメラを持って出かけなくなったので、5月連休中はカメラ散歩してみます。

ゾロ目を見る、その数字になった時にふと、感じる、そこに目が合う、それが何であるか、楽しみにしよう。

ここしばらく私の中のイメージは
雲のようなふわふわしたところに片足をのせると、
ぶわ~っと浮き上がって、どこかよくわからない場所に着く、ってイメージがあります。

超高層エレベータに乗った時のふわっと足が浮く感じね。

本質的には怖がりだから、1段あがるだけでもちょっとドキドキですけど、新しい何かを知りたいという欲求の方が高いので、なんだかわからないけど、この感覚を大事にしよう。

桜が終わって、ハナミズキの季節到来。

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目が合いました(笑)

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