mori-sho DIARY

今、ココの私について

音楽は踊るもの

 

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なかなか進まない、、、ダイアリー。
このところ、自分の中で進みたい方向へ意識をぐぐぐ~~~んっと舵を切っているので、正直、「好き」「嫌い」だけで選択して進んでいます。

すでに両親と2つ下の弟があの世にいる。
寂しいかと言えば、そうでもない。
いつかあっち側に私が行く時にまた会えるのだし、親の介護問題も身内のモメごとも家族を失う悲しみはもう、私の身には起こらない、それだけで、私は幸せ者だと思っているw

悲しい時、辛い時、幸せな時、そこには音楽があった。

たぶん、、、、前世はラテン系なのかも・・?
音楽=踊りたくなる
子供の頃からそうだった。

幼いころ母が持っていたドーナツ盤のジャズ系の音楽に合わせて飛び跳ねてバタバタ踊る。兄弟ケンカ中でも音楽が鳴ると狂ったように踊る。
それが楽しくてたまらなかった。

たぶん、私の中での音楽=踊る
これが最初の記憶。

その後、中学生になり、ゴダイゴに出会う。

Godiego - Imitation
'Our Decade'このアルバムは特に好き!

当時はアイドル全盛、聖子ちゃん、トシちゃん大人気でした。
そんな中、私はゴダイゴの洋楽的な音楽に出会います。
きっかけはテレビドラマ西遊記モンキーマジックガンダーラ)だったりアニメ銀河鉄道999(THE GALAXY EXPRESS 999)でした。
この頃ボーカルのタケカワさんのラジオ番組があり、それを聴きビートルズなども知るわけです。
この頃クラスでゴダイゴが好きなのは私だけ・・・
期末テストの時期だけ出席番号順で席が近くなるW君、見た目、不良。性格、硬派。成績優秀、野球部、と、、、モテる要素満点のW君。クラスの半分くらいの女子はW君に想いを寄せていた。

私もW君に片思い。聖子ちゃんカット、ブリッコが女子の定番だった時期にもみあげ刈り上げ、ショートボブのブサイク女子な私。

なのに~~テスト初日、W君のぺったんこの学生鞄の裏に、「Godiego」のステッカーが!!!!

その驚きにテストどころじゃなかった!!

今でこそ、あまり人見知りもなく誰とでも話せますけれど、中学生の頃はそんな片思いは誰にも言えなかったし、本人とも会話した事すらなかった。

同じアーティストの音楽を彼も聴いている、それだけで、ドキドキが止まらなかったのを記憶している。
結局卒業まで特に会話すらなく、卒業式には女子達が彼を追いかけまわし学ラン第2ボタン争奪戦を繰り広げていた様子を遠くから見ているだけでした(笑)

その後私立女子高1年生の時にクラスメイトから誘われ、原宿ホコテンでローラー族として、踊ることになります。(活動期間1年程度)

高校2年~ディスコに行くようになります。
新宿や渋谷など比較的10代向けの健全ディスコは最終電車にはお店が終わり、女子は無料とか、19時までに入れば1000円や500円など格安。中に入ればバイキング形式の食事やデザート、ドリンクが無料。映画を見るよりも安上がりに楽しめる。
誕生日にはDJからのバースデーコール、みんなでお祝い、プレゼントにはバースデーコールが入った選曲カセットテープをもらう。それがディスコ常連客の優越感。

うちの母にホコテンやディスコに行くと正直に伝えても怒られることはなく、母にとっても音楽=踊るもの、歌うもの(ダンスホール歌声喫茶)みんなで健全に楽しむものという認識があったみたいで叱られる事はなかった。
それよりも深夜に1人で繁華街をフラフラするなとは言われましたけど、ちゃんと終電で帰ってくる娘になんのお咎めもなかった家庭環境でした。

学生時代アパレル系ショップでアルバイトをしていたので、ブランドものの販売員系の人とも交流が始まりクラブへも行くようになります。第三倉庫、ピテカン、ピカソ、328など。カッコイイオトナの世界に触れることになりますが、かなり背伸びしてクールぶっていたと思う。

そして、社会人になると団塊世代の上司達との出会い、自慢しますが、私若いころオジサン達に依怙贔屓されてました。それは、オジサン達の青春の音楽である50年代~洋楽を一緒に楽しめたからです。
ホコテンでローラー族と言えば、オールディーズやロカビリー、パンク。
第一次ロカビリーブーム、日本にビートルズがやってきた、そんな時期に青春を謳歌した学生運動や海外放浪旅(ヒッピー)をしてたオジサマ達は私が社会人になったこの時代の日本のリーダー達でした。
そんなエネルギッシュなオジサマと一緒に六本木のケントスでツイスト踊ってボックスステップなんかできちゃうので可愛がられました。
原宿ローラー族(参照)

人生とは、いろんな事が起こります。
楽しいことばかりじゃなく、時に涙が止まらないほどの悲しみに向かい合う時もある。
24歳の頃、母が心不全で急死。毎日毎日涙が止まらなかった時、80年代後期に入ってアシッドジャズというものが流行り始める。
アシッドジャズとは何か (参照)

FMラジオから流れるその音楽に、身体が動く、リズムに乗る、心地よい気分になる・・・
のびやかなボーカル、ファンキーなリズムについつい・・・あれ、
さっきまであんなに悲しかったのに・・・。
ジャズ?ファンク?“アシッド・ジャズ”とは?(参照)

アシッドジャズって結局はなんなの??(参照)

この「心地よさ」は思考を停止させたところにある無意識の心地よさなんです。
踊ると言っても、フリとかカタチはありません。
その音と自分の心地よいリズムをとるだけです。

普段アレコレ考えるタチの私はこの何も考えなくていい、
ただ、リズムに身をゆだねていればいい、そこには恥ずかしさなんてなく、隣にいる人が誰かなんてことも正直どうでもいい・・・

ここで大事なのが!!!

誰が選曲するか、どんな曲に「ワタシ」が反応するかです。

というわけで、信頼できる選曲のプロであるDJがとても大事。
今はみんなでステップを踏んだり、盆踊りのようなフリを覚えたりではなく、ただ、自分の心が喜ぶためだけに、踊ります。

音楽はカラオケで歌うものでもなく、
一体感を得るためにライブでこぶしを掲げるものでもなく、
ここに在る私の内なる部分を知るためにリズムと一体になる、みたいなものだったりします。

好きなものは好き、それだけの世界の中で生きていく、生きながらにして、天国。
そんな未来へ舵をとる。

※音楽のルーツは人それぞれ、私の場合は憧れてた先輩や好きなタイプの男性が「どんなブランドの服を着ているか」よりも「どんな音楽を聴いているか」の方が断然興味がありました。今思えば・・・憧れていた先輩は毎朝「ルースターズ」を爆音で聴いていると噂を耳にし、ルースターズを聴き始めた。
スタジオミュージシャン系や松岡直也好きな彼だったり、ダムタイプなどのアート系などが好きだった人も・・・そのほかにも出会う人から音楽の出会いもたくさんあったな~と。


The Roosters (FULL ALBUM)